世界料理サミットTOKYO TASTE 2012 |
☆ほしひかる (江戸ソバリエ協会) |
サンフランシスコの知人から、2012年9月23日〜25日、東京で開催される「世界料理サミットTOKYO TASTE 2012」に出席するために、来日するというメールが入った。 |
T.「世界料理サミットTOKYO TASTE 2012」とは? |
1.小説『庖丁』のころ
余談から入るが、たまたま丹羽文雄(明治37年〜平成17年)の小説『庖丁』を読んだばかりであった。この作品の発表は昭和29年である。朝鮮戦争が停止したのが昭和28年だから、当時の日本は第二次大戦の傷跡と朝鮮特需とが混在する社会情勢であった。そんなころ、丹羽のこの小説は大いに人気を博したという。 その現象について巻末の解説では、こんな分析をしていた。 徳川時代の儒教の精神がいまだに根強くしみ込んでいて、人前で食べ物のことをうんぬんすることを卑しむ風が日本人にある。したがって、文芸作品でもとかく食べ物の世界は等閑に付されがちだが、この盲点を突いて、それをば大胆率直に展開していること。一般の読者側の人気はこれらの点に基づいていると思う。 高度成長期以前は「儒教の精神」という言葉が生きていたのである。いま読むと違和感があるかもしれないが、これも大事な「時代証言」である。 とにかく、そんな時代の料理人(庖丁人、板前)は厨房の外に出ることはあまりなく、修業は徒弟制の中だけの問題であったことはおわかりいただけるだろう。 それでも、これまでの日本は、とくに江戸の町人たちは欧米に先んじて料理文化を育んでいったというから、面白い。 たとえば、フランスにおける最初のレストランは1765年、イギリスは1827年の開業であるが、日本では1657年ごろ江戸浅草に「奈良茶屋」が開店し、続いて日本橋や浅草では蕎麦屋が営まれていた。加えて、料理通を育てるのに欠かせないグルメガイドの刊行については、いま有名なミシュランは1900年(明治33年)であるが、江戸ではその百年以上も前に出版していたのである。 このように先駆けて料理文化を創り上げてきた日本ではあるが、一方では身分制度下のタテ社会、閉鎖社会であったのも事実であった。 2.「学会」の時代 さて、冒頭の『庖丁』の上梓から約半世紀、高度成長期、成熟期を経た今日、またしても苦戦に喘ぐわが日本である。 そういうとき、健康志向の和食が世界中で人気となり、それが料理界の変化の機会となって、「食育」などが言われるようになってきた。 一方では、ハード、ソフト面ともに「JAPAN MADE」「Cool Japan」の評価と認識が芽生え、日本独自の価値観や財産を世界に呼びかけようとする意識も高まってきた。 目を世界に転ずれば、欧米の料理界では「料理学会」なるものが多く催されていた。そこでは世界のトップシェフがたち集い、各々の創造力と最新技術をおしげもなく公開し、広く交流し合っている。 日本の料理界も変わらざるをえない時期がきた。それ故にわが国でも、2009 年にアジア初の国際的な料理学会「世界料理サミットTOKYO TASTE」(東京国際フォーラム) が開かれ、「料理学会」を通して、日本と世界との料理・調理交流が図られるようになった。 そして、この度の「TOKYO TASTE 2012」である。 今回は世界9ケ国の著名な料理家9名で結成した「G9」の国際会議も同時開催され、世界レストランランギングのトップシェフらが来日した。 |
この「G9」というのは、スペイン・バスク州にある食の研究機関「バスク・クリナリー・センター」の国際顧問委員会でのことであるが、メンバーは以下の通りである。 |
役 割 | 氏 名 | 店名・所属 | 国 | 備 考 |
委員長 | フェラン・アドリア氏 | el Bulli | スペイン | |
委 員 | レネ・レゼッピ氏 | Noma」 | デンマーク | 世界のベストレストラン50 2012 No.1 |
委 員 | ヘストン・ブルメンタル氏 | The Fat Duck | イギリス | |
委 員 | ミシェル・ブラス氏 | Bras | フランス | |
委 員 | アレックス・アタラ氏 | D.O.M. | ブラジル | |
委 員 | ガストン・アクリ氏 | Asrid & Gaston.Per ú | ペルー | 世界のベストレストラン50 2012 No.4 |
委 員 | 服部幸應氏 | 服部栄養専門学校 | 日本 | |
委 員 | マッシモ・ボットゥーラ氏 | Osteria Fracescana」 | イタリア | 世界のベストレストラン50 2012 No.5 |
委 員 | ダンバーバー氏 | Blue Hill | アメリカ |
いずれも世界をリードするそうそうたるシェフたちが中心である。それが年1回、世界を取り巻く食の課題について議論をするのであるが、今年は、被災した、食に関わる生産者や料理人たち仲間に「頑張れ」というメッセージを送り、励まそうということで、日本が開催地に選ばれた。
だから、G9は9/22に被災地を訪問し、世界的に取り組まなければならない課題を討論し、東京宣言を発表するという。 「TOKYO TASTE 2012」の方は、9月23日(at 東京ガス STUDIO+G GINZA)、24日(at 東京ドーム シティホール)、25日(at 服部栄養専門学校)で開催された。 そこでは特別に招聘された、アンドニ・ルイス・アドゥリッス氏の料理とクリスティアン・エスクリバ・トロニア氏のお菓子作りのデモンストレーションが行われた。 |
特別招聘 | アンドニ・ルイス・アドゥリッス氏 | Mugaritz | スペイン | バスク |
特別招聘 | クリスティアン・エスクリバ・トロニア氏 | PASTELERIA ESCRIBA | スペイン | バルセロナ |
彼らは共に革新的なアーティストだった。革新というのは遊び心から生まれるかもしれないが、そこに絵心、詩心がなければ、駄作となる。もちろん、お二人の天才の作品には絵心、詩心、そして夢心までもがあふれていた。
その上で、デモンストレーションは、映像、音楽の演出を伴って実演される。まるでマジックショーの世界である。誰もが目を見張った。 |
【アンドニ・ルイス・アドゥリッス氏】 【クリスティアン・エスクリバ・トロニア氏】 |
見回すと、3階席には料理学校の生徒さんたちが大勢見えていた。きっと、明日を担う彼・彼女らにとっては、大いに刺激になっただろう。そういう意味では、学会のという開かれた世界は頼もしい。
ただ、世界一のシェフ、アンドニ・ルイス・アドゥリッス氏の料理が口にできないのは少し残念なような気がするが、これだけ多数の参加者では無理かもしれない。 |
U.ハロルド・マギー氏と「ほそ川」でお蕎麦を! |
「TOKYO TASTE 2012」には、G9のメンバーと特別招聘の2氏が見えていることは上述したが、さらにジョアン・ロカ・フォンタネ氏とハロルド・マギー氏の2名のゲストが参加されていた。 |
ゲスト | ジョアン・ロカ・フォンタネ氏 | El Celler de Can Roca | スペイン | 世界のベストレストラン50 2012 No.2 |
ゲスト | ハロルド・マギー氏 | イェール大学 | 食の科学者 | サンフランシスコ住 |
うち、ハロルド・マギー氏と、知人の関根さん(サンフランシスコ在住の食のジャーナリスト)のご紹介で、お蕎麦を食べながら、蕎麦について語り合おうということになった。
これまで私は、韓国テレビ局の麺の番組の制作をお手伝いしたり(2008年)、サンフランシスコ(2010年)や北京・承徳(2011年)へ旅した経験があるが、そこで感じた海外と日本との食文化の相違を、さらに確認するいい機会であった。 とはいっても、マギー氏は大変な方だ。著書『On Food & Cooking :The Science & Lore of the Kitchin』は7カ国語に翻訳され、今も独自の研究を『Nature』誌や『Physics Today』誌で発表されている。2008年にはタイム誌が毎年選ぶ世界で最も影響力のある人物の一人に挙げたこともあり、関根さんの話によれば、服部料理専門学校の服部幸應先生は、ハロルド・マギー氏のことを「神様」と呼んでいるらしい。 とにかく、両国駅で待ち合わせして、江戸蕎麦「ほそ川」さんを訪ねた。 この店を望んだのは関根さんだ。2010年に江戸ソバリエの仲間と共にサンフランシスコに行ったとき、彼女と知り合った。その後2回来日され、そのとき「ほそ川」さんにご案内したことがあったのだが、蕎麦が一番美味しい店としてお気に入りで、ご自分でも蕎麦を打つほどの蕎麦ファンのハロルドさんにもぜひ召しあがっていただきたいというわけだ。 そんなわけで、3人は「ほそ川」の大きな暖簾を分けて入った。 まず、メニューを見ながら、「ビールにしますか、それともお酒にしますか」と尋ねると、ハロルドさんは「お蕎麦に合うお酒、を選んでほしい」と言った。 「そら、きた」と私は内心で思った。実はこれが難しい。欧米人は〔肉に合う酒は、魚に合う酒は、料理に合う酒は?〕と発想するが、われわれ日本人は〔酒に合う摘みを出せ〕と逆を求める傾向がある (ただ、この場合はだいたいが塩辛いものが多いのだが・・・)。 欧米人のように「食中酒」という考え方には慣れていない。だから、蕎麦に合う云々というより、「日本料理にはサッパリ系のお酒が合う」と日ごろからそう思っていたから、それらしい「早瀬浦」を選んだ。そして前菜には野菜と魚介を選んだ。 それらを頂きながら、私は「日本人と蕎麦」についての話をした。 |
・日本人は米と麺が好きだということ。
・日本では室町時代に、ソーメン・饂飩・蕎麦などの麺類が勢ぞろいしたこと。 ・日本の麺は切り麺が主だということ。 ・他国は麺料理でも具が主体であるが、日本人は、蕎麦、饂飩、ラーメンという具合に、麺の種類を分別していること。 ・蕎麦の魅力は、香り、清涼感、野趣性にあるということ。 ・そして、これらは日本という風土の中で育まれた食文化であること。 |
そろそろお蕎麦を頂こうかということで、「何にしますか?」と尋ねると、ハロルドさんは「蕎麦そのものを味わえるものがいい」と言う。 それこそ蕎麦好きの志向ではないかと感心しつつ、せいろを注文。 すると、彼はやってきたせいろに鼻を近づけて香りを確かめてから、口にする。ただ、食べ方が日本人とはちがうが、これは仕方がない。日本人は箸だけで食べるから、そこから食べ方やマナーが欧米とはちがってきた。彼もそのことは分かっているようだが、日本人のような食べ方はそう簡単ではない。 最後は甘味とお茶で締めた。 |
【三人で頂いた蕎麦献立】
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彼は蕎麦打ちも見たかったようだが、「ほそ川」さんの方も店の都合がある。代わりに、蕎麦粉を挽いているところなどを見せてもらった。そして、「蕎麦粉1kg買って帰りたい」と言うので、細川さんに無理を言って分けてもらった。 |
【右から関根さん、ハロルドさん、細川さん、ほし】 |
帰り際、ハロルドさんが今日の感想をサインしてくれた。 |
「My first delicious lesson in soba!」 |
ハロルドさんは「小麦粉と蕎麦粉でパンケーキを焼き、それにメープルシロップをかけて食べて美味しかったのが蕎麦に目覚めたきっかけだった」と言う。また来日中、「ほそ川」後も神楽坂「かりべ」などあちこち食べ歩かれたり、浅草合羽橋で庖丁を見たりされたらしい。 そんなハロルドさんにとって、「sobaこそがTOKYO TASTE」ではなかったかと思う。 それにしても、食の世界においてトップレベルのハロルド・マギーさんが魅かれる蕎麦 ― 和食とはいったい何だろう! そして、それを育んだ日本とは何だろう! それを探るのが、この「国境なき江戸ソバリエたち」のページの使命であるるのかもしれない。 |
2011.9.26 記 |
★参考資料:丹羽文雄『庖丁』(毎日新聞社)、「TOKYO TASTE 2012」資料、 『FOOD CULTURE』No.6(キッコーマン国際食文化センター)、 ★協会注釈:下記を参考にしてください。 *関根絵里さんについては、 当サイト「国境なき江戸ソバリエたち」2010.10のページ *「サンフランシスコの旅」については、 当サイト「国境なき江戸ソバリエたち」2010.4のページ *「北京・承徳の旅」については、 当サイト「国境なき江戸ソバリエたち」2011.9のページ *「韓国テレビ局の麺の番組の制作をお手伝い」については、 「江戸東京蕎麦探訪」シリーズ、韓国KBS-TV「ヌードルロード」プロデューサーへの取材ページ *「食育」については、 フードボイス「ほしひかるの蕎麦談義」―「第67話 村井弦斎の食育論」 |
以 上 |
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