中国陝西省で2つのシンポジュウムに参加して
東京農業大学客員研究員 稲 澤 敏 行

中国陝西省において相次いで開催された、第1回国際黍シンポジュウム(2012年8月25日〜8月28日、陝西省咸陽市楊凌)と 国際ソバ育種シンポジュウム(同8月29日〜9月2日、陝西省楡林市)という2つのシンポジュウムに参加する機会を得ましたので報告を致します。

併せて、現地で目に触れた蕎麦関連の風物についても紹介します。

陝西省は中国中央部の黄土高原に位置し、北は内モンゴル自治区。省都は西安(昔の長安)。 咸陽市楊凌は西安の西約100km。楡林は陝西省の最北部にあり街中には万里の長城が走っています。

☆第1回国際黍(きび)シンポジュウム
国際黍シンポジュウムの参加国は、アメリカ、韓国、日本、中国の4ヶ国。
中国側の参加者は東北部哈爾濱から南部雲南までの砂漠高冷地を対象とした主な農事試験所関係者。 第1回目ということもあって参加国こそ多くはなかったが、演題は多く、活発でした。

日本からは、筑波大学の林久喜教授、神戸学院大学の池田清和教授・池田小夜子准教授と稲澤の4名が参加しました。

黍というのは、古代中国における度量制の単位。黍1粒の直径を1分、黍100粒の重さを1銖、黍2400粒の体積を1合と定めました。
現在の北中国では、主食としての飯・粥用や酒を醸すのに用いられています。

このような事情をもつ中国政府は、砂漠、高冷地、雨量の少ない地域の農作物増産政策としての黍を重視していることがうかがえるし、 そこに黍シンポジュウムが開催された背景があるかと思われます。

☆国際ソバ育種シンポジュウム
国際ソバ育種シンポジュウムは、当初「日中ソバ育種懇談会」と称していましたが、アメリカ、韓国の参加を得て、急遽名称変更して開催されました。

日本からは筑波大学の林久喜教授、北海道農業試験所の鈴木達郎研究員と稲澤が参加し、各々が講演をする機会を得ました。
演題は、林久喜教授は「日本におけるソバ育種の現状と将来」、鈴木達郎研究員は「新品種満天キララソバ及び改良」。(江戸ソバリエ協会注:「新品種満天キララソバ」は、江戸ソバリエ・ルシック有志の皆様に試作・試食協力をしていただいたものです。)

私の演題は「中国外食蕎麦の今後」。以下に概略を紹介します。

☆国際ソバ育種シンポジュウム講演「中国外食蕎麦の今後」要旨
東京農業大学客員研究員 稲澤敏行
私は以前より世界の蕎麦の料理を取材し、特に中国については20年前より調査をしていました。最近10年は蕎麦関連工場及び飲食店の顧問として携わりました。

これらを基に今後の中国飲食業界の中で蕎麦がどのように展開するかを考察してみました。

中国に於ける普通蕎麦の生産量は近年大幅に減少しています。

2000年に於いては約200万トン、2010年60万トン、この原因は何故なのでしょうか?
需給と供給、両面に問題があります。経済は超スピードの急成長をしていますが、消費量が10年前と同じであれば外国より輸入しなければならないのですが、これがないのです。暫時消費が減少してきました。

消費量減は消費者のライフスタイルが変化したからです。

一番大きな中国での特質は漢民族であれば現在40歳以下は一人子です。それに伴い高齢化団塊世代が進行しています。有職主婦の増加・少人数世帯の増加・働く場所も郊外に工場団地ができ、通勤時間がかかり、テレビの普及で深夜族の増加等々調理時間の軽減と変化してきました。

家庭においては蕎麦メニューは手間がかかり、蕎麦の生産量が減少しても他の食品で代用できるのです。特に若者は伝統食品からはなれ、新商品へと変化しています。家庭におけるキッチンレス化が進んでいます。

特に蕎麦の消費地は生産地区中心で、全国的ではないのです。蕎麦の料理は加工技術の必要なメニューです。ライフスタイルの変化で外食へとまた簡便な調理済み食品の購入増です。

レストラン飲食店は今まで以上に活性かして調理師不足、調理師の養成が間に合わない状況で、調理学校もまだ完備されていません。

今までは蕎麦料理は家庭料理であって外食メニューとしては少なく、蕎麦専門店は皆無でした。

しかし新しい動きが出ております。
家庭で食べられないので外食の飲食店のメニューに蕎麦が入るようになりました。蕎麦専門店も今回、楡林市で見かけました。内モンゴル庫論旗では蕎麦の里としての伝統料理の蕎麦祭りの企画が立てられ動き始めています。蕎麦の各生産地に蕎麦祭りが広がることを期待しています。

まだ中国内陸部では勤務時間の昼休みが2〜3時間あり、自宅に帰り食事をしていますが、暫時1時間になり昼食という外食産業が盛んになる事でしょう。ここにファストフードとして健康志向の蕎麦出店計画が出ており、来日して、日本の蕎麦店システムの見学者が増えています。

中国での蕎麦は家庭食から外食へと変化しています。 

供給側の生産者としても普通蕎麦の生産量10アール当たり100kg、粟、高粱は300〜400kg、農作物としてマイナーであり、生産意欲の低下とつながっているのですが、この生産量を高めるという事を、この会場にいる研究者の皆さんに期待するところです。雨量の年間40pと少ない黄土高原 万里の長城付近の救荒農作物としては貴重な作物です。

しかし一方、ダッタン蕎麦(苦ソバ)は今日のセミナ−でも多数発表がありましたが、ここ10年で飛躍的に生産量 消費量共に伸び、普通蕎麦(甜ソバ)と同量の生産があります。普通蕎麦とダッタン蕎麦を合算すると120万トンと蕎麦の消費量は減少していないのです。健康志向と古来からの薬膳のお茶嗜好が大ヒットしているのです。ダッタン蕎麦茶は全国的に売り出されております、お茶以外の商品開発も進んでいます。

このヒットした背景として、農作地として適していない高冷地農作物として、生産量も普通蕎麦よりも多く、消費者側としては、高度経済成長により成人病の増加と相まった機能性食品として時代に合った商品であり、研究者も消費者に呼びかけたのも普及した要因でしょう。研究者の呼びかけはメーカー流通業者の呼びかけより効果的です。日本においても今日講演した筑波大学の林久喜先生、北海道農業試験所の鈴木達郎研究員も、消費者と共に普及活動を行い耕作面積を伸ばしています。

今日この会場にいる皆さんで蕎麦育種の研究と共に消費者への呼びかけをし、さらに世界各地に蕎麦が進展していくことを望みます。


☆☆シンポジュウム以外に目に触れることが出来たもの

今回も、蕎麦に関連する興味深い様々な事物に目を触れることができましたので、いくつかを紹介します。

△楡林郊外の農業試験場にて
・農業試験場は砂漠の中にあります。日本固有の蕎麦品種も栽培中。  参加者の王先生と林先生です。


△市内の広告看板
・市内で見つけた蕎麦専門店(羊肉切蕎麺)の看板と蕎麦月餅の広告です。


△蕎麦澱粉とその料理
 当地では、ソバの実から蕎麦澱粉を取りだし、それを加工した蕎麦料理が提供されます。

・蕎麦澱粉は、割れたそばの実を水に晒し、揉んで澱粉を濾し出し、乾燥して作ります。下が製品です。

・蕎麦澱粉を練った麺体を、刀で切ったり、麺棒を当てて截ったり、押し出して麺条にします。

・蕎麦澱粉を練って、丸めて「猫の耳」の形とし、茹で、好みの薬味を載せ、スープを掛けて食べる酒窩麺。


・蕎麦澱粉を使った涼粉(そばくずもち)。そのままでも、具を載せてでも食べます。

・涼皮(そばクレープ)     ・手縒り麺。          ・箸置き機能付麺器(楊凌のホテル)
                                            以 上
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